ニックネーム / こう呼ばれています
みなみさん
職種 / 役職
広報・PR
入社日
2023年2月1日
ー 2月に正式に入社されたみなみさん。幼少期はどんなお子さんだったんですか?
幼少期はすごい良くも悪くも大人っぽいと言われることが多かったです。歳が離れてる兄が2人いて、年上に囲まれる環境だったというのと、両親の仕事の都合で来客や電話が多い家で、来客時や電話の受け答えなどの対応がしっかりできるようにと教育される環境の中で、子供っぽく振る舞うことをよしとされなかったんです。これは今もかもしれませんが、大人っぽくいなきゃと意識していたと思います。
覚えているエピソードがあって小学校の時に塾の先生に、「(みなみさんは)後ろにチャックでもついていて、チャック下げたら中に30代の女性でも入ってるんですか?」と親が面談で言われたらしいです(笑)
ー それほど大人びていたんですね。芦田愛菜ちゃんみたいな感じですか? (笑)
愛菜ちゃんほど賢くないですが、似たような感じかもしれません(笑)
でも常にガチガチな感じで育ってきてしまった分、最近はもっと素直に、自分自身をもっと解放していきたいなと思っています。
ー なるほど。学生時代はどんな風に過ごしてこられたんですか?
厳しく育てられて、中学受験もして由緒正しく良妻賢母であるみたいな女子校に入りました。中学生くらいまでは特に親に反発することもなく、自分はそういう(厳しい掟に従う)のは難なくできるいい子ちゃんタイプだと思ったんですが、実は違ってたらしくて。高校生の時に爆発しちゃったというか、自分で自分の人生の選択をしたくなっていって、実は高校在学中に結婚しているんです。
ー え!?結婚ですか!
そうなんです。子供ができたとか、何か理由があったわけではなく、もう「この人だ!」みたいな感じでした。
ー それは周りの大人たちはさぞ驚かれたでしょうね。
いやもう衝撃どころの話じゃなかったです(笑)もちろん大反対されました。すごく厳しい学校だったのですが、校長に直談判したりして、学校も親も説得して結婚して高校生の時に家を出ました。
今から考えると、当時の周りの大人たちから言われたこともよく理解できるのですが、その当時は厳しい制約に知らず知らずのうちにしんどさを感じてしまっていたのかも。もちろん親には感謝しているものの、実家から出るための手段を探していたんだろうなと思います。自立心が旺盛すぎたのかもしれません…(笑)
ー なるほど。高校はそのまま通い続けたんですか?
はい。実家は出ましたが自分の家から学校には通っていました。
そこから進学するつもりで塾にも通っていたんですが、特に明確な目的がないのに大学に行く意味や、進学のためには親にお金を出してもらわないといけないことを考えた時に、親はきっと支援はしてくれるだろうけど、どうしてもやりたいことでもないことに大金を出してもらうのは申し訳ないなという気持ちもあって、進学はせず働く選択をしました。
ー そして最初の会社でされたのが編集のお仕事だったんですね。
そうです。学生時代に読んでいたキュレーションメディアがたまたまリクルートしてるのを見かけたんです。お話を伺わせてもらって、ありがたいことに採用していただき、そこで編集のことを学ばせていただきました。そこではライターさんの表現を大事にする、型に押しはめないような編集をしていて、明らかにアウトな表現以外はなるべくその人の表現を尊重するっていう方針がいいなと思っていました。
ー そこから編集のキャリアが始まったのですね。その後は何をされていたんですか?
実はその後20歳の時に離婚を経験しまして、心身共に疲れてしまって人生をリセットしたくなり、カナダのバンクーバーに半年間留学にいきました。
バンクーバーでは学校に通いながらホームステイやシェアハウスなど、いろんな国籍やバックグラウンドの方々と触れ合いながら生活していたのですが、本当に多様な人がいて、自分の悩みが本当にちっぽけに思えました。なんか月並みな言い方ですけど価値観が広がりましたね。留学の一番の目的はリフレッシュだったので、それは達成して、その上でやっぱりまた日本で頑張ろうっていう気持ちになって帰国しました。
ー そして帰国後の2021年からまずは業務委託としてMOSHに関わってこられたと思うのですが、どのような出会いだったんですか?
帰国後はいろんな選択肢がある中で、今後の生き方について何をしていこうか模索していたところ、知人にMOSHの話を聞いたんです。その時にまずコーポレートサイトを見てクリエイティブとミッションに一目惚れしました。そこから代表の籔さんのnoteを読んだりしていきましたね。その中で、自己実現への強い欲求は社会課題になるだろうと籔さんが綴っていたのが、私が抱えてる課題感とまさに一緒だなと感じたんです。それを解消しようと挑戦しているMOSHのミッションに強く共感して、私もその世界を一緒に作りたいので入らせてくださいとお話しました。
以前編集に携わっていたことと、ちょうどその頃MOSH Magazineというオウンドメディアをちゃんと運営しようという時期だったことが重なって、じゃあ一回この業務からやってみてみたいな感じで宿題をもらって、2ヶ月くらいお手伝い的な感じで関わり、フルコミットで関わらせてもらうようになってからは一年以上経ちます。
ー なるほど、そして今回正社員になられたんですね。現在はどんな業務をされているんですか?
現在は記事などのコンテンツ制作系の業務に加えて全く別のこともしていて、広報業務やSNSの運用、少しセールスもやったりなど、ビジネスサイドの業務を割と幅広めに兼務しています。スタートアップなので組織の体制や注力するものが短いスパンで大きく変わったりするんですが、そんなところも刺激的で楽しんでいます。経験がないことも信頼して任せてもらえるので、すごくありがたいなと思うと同時に共に身が引き締まる思いです。
ー 元々不確実性の高い環境に身を置くことには耐性が高い方ですか?
いえ、元々はとても保守的なタイプだったんですが、離婚と海外での生活を経て変化に強くなったと思います(笑)
ー 正社員になった後と前で何か大きな変化はありましたか?
いや、もう全然ないですね。
業務委託の期間がすごく長かったこともあって皆さんがどういう人で、どういう働き方してるのかっていうのを1年間通して知ってるので、ギャップは全くないです。一年前にMOSHに携わったばかりの頃は、フルリモートで働くのが初めてだったので、そこはちょっと難しいなと思うところもありながらやっていたんですが、皆さん本当に穏やかでいい人ばかりだし、大人な人が多くて助け合う文化が醸成されているなと思います。
ー ありがとうございます。みなみさんの今後の野望って何かあったりしますか?
すごい大きい野望なんですけど。MOSHを通してでもそうですし、個人的に成し遂げたいことでもあるのですが、この世界の「搾取感」みたいなものをなくしたいなと思っていて。例えば社会に搾取されてるなとか、他人に搾取されてしまってるな、とかそういう嫌な感情を減らしたいなと思っています。
何かの制約によって自己を歪めるっていうことは、ものすごくすり減ってしまうなと感じた個人的経験もありますし、MOSHでいうと例えばサービスを提供しているクリエイターさんが価格競争に巻き込まれて疲弊しちゃったりとかもそうですし。
自分のブランドの世界観をありのままで表現できて、しっかりブランド価格を打ち出せる状態を確立できることで、その人自身が自分らしくいられることが最もヘルシーな状態だなと思うので、それが当たり前すぎる世の中にしていきたいです。
自分の情熱を仕事にしていくこともその人らしさの形成の一つだと思ってるんですけれども、「こういうことをしたいんだ!」って思ったときにハードル低く一歩踏み出せるツールがあるんだよっていうのがこの世界で広まっていたら、その人がその人らしくあれる一端を少しでも支えることができるのかなと思っています。