高野 瑶子 - Yoko Takano

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ニックネーム / こう呼ばれています

高野さん/ けだま(さん)

入社日

2022年3月7日

担当業務

マーケティング

変化に順応していくチームの中で、人手が足りないところに行き、必要なことを先読みして拾っていきたい。

これまでのキャリアではSEOからデータ整備、PHPとワードプレスでのサイト作成など組織拡大とともに、その時に必要なことを担い業務の垣根を超えて活躍してこられた高野さん。前職では数十人規模のスタートアップだった頃に入社し、上場もご経験されてきました。現在MOSHのマーケティングチームでご活躍されています。

「一番困っているところにいってボールを拾うようなことが得意」

と語る高野さん。ご自身の強みをよく理解していて、すでにMOSHでもその瞬発力や柔軟さを発揮し、他のメンバーとの連携もスムーズに行っている姿が印象的です。

そんな高野さんの働くことへの考え方、これまでの人生で培われた「柔軟さ」の源についてお伺いしました。

―まずは、高野さんの子どもの頃のお話を聞かせてください。

神奈川県川崎市出身で、小学生の頃から自由な子供でした。

生徒数の多い小学校だったのですが、男女関係なく混ざってわいわい遊んで、時には池に落ちたりするような活発な子供でしたね。

活発さが伺える幼少期の高野さん
活発さが伺える幼少期の高野さん

勉強するのは嫌いだったのですが、ピアノを3,4歳から中学生頃まで続けていました。でもきちんと楽譜を見て練習するよりも耳コピや感覚で弾く方が好きでしたね。とりあえず触る!直感で動く!というようなところがあり、ここは今にも繋がるかもしれないなと思います。スタートアップ気質というか。

母がSMAP好きだった影響もあり、物心ついた頃からジャニーズが好きでした。

その後の人生も何かについてジャニーズが主軸になっています。

― 子どもの頃の経験で、印象的な思い出や出来事について教えてください。

中学に入って環境が変わったギャップに耐えられなくて1,2年生の頃はほとんど学校に行かずに、家でテレビを見たりピアノを弾いていました。上下関係が厳しい学校だったのでそういうのが窮屈で。

保健室登校とか友達に会いにいったりはしていたので、完全に家から出ないというわけではなかったですし、自由に過ごしていましたね。初めてジャニーズのコンサートに行ったのもこの頃でした。

学校に行くようになったきっかけはよく覚えてないのですが、3年生は普通に通いました。2年次から、3年次に学校に行くための準備をしていたものの、勉強の遅れを取り戻すのには苦労しました。

― 3年生で戻った頃は受験などその先の進路も意識してのことですか?

そうですね、それもあったと思います。でも、将来何かしたいというのはなかったので、進路は推薦でいけるところを探しました。自由な校風でバイトができて、校則がゆるい学校が良くて、家から5分くらいの学校に進学しました。

ー 高校時代はどんなことに打ち込んでいたのですか?

高校時代は3年間マクドナルドで働いていました。ジャニーズのコンサートに行ったり、この頃インディーズバンドやビジュアル系バンドを好きになったので、バイトもしながら週5でライブハウスに通うような高校生でした。高校卒業後も、勉強したくないという気持ちがあったので、推薦で音楽系の専門学校に進みました。

― なるほど、好きなことを突き詰めた3年間だったんですね。専門学校ではどのようなことに打ち込んでいたのですか?

ここでは雑誌の編集やライターの勉強を2年間していました。

卒業制作で企画書を作って自分でアポをとって取材し、それを本にするというものがあったんですが、佐藤健さんがとても好きだったので取材させてもらいたいと思い、過去の出演作の撮影がこの専門学校で行われたご縁を話しのネタにアポを取り、実際に取材させていただいたりしたこともあります。

― その後の進路も音楽関係のお仕事を、と考えていたんですか?

専門学校で2年間勉強したし、佐藤健さんにも会えて満足!と思い、就職には安定を求めていました。中小企業の内定者インターンで営業事務もしていました。しかし、毎日淡々と伝票を処理するのが性に合あわないと感じたため、エンターテイメント情報雑誌の編集者としてアルバイトを始めました。そこから契約社員になり、3年間勤めていました。

ー 編集の知識がそこに活きてくるのですね。どのような働き方だったのですか?

ここでは5,6人で300ページのボリュームの雑誌を月刊で出していました。好きなことに関連するものということもあり、熱中して業務に当たっていましたが、忙しい時には病気でも休めなかったり、年末年始もイベントの取材があったりと過酷で。そんな働き方をしていて友達付き合いもできなくなったりするうちに、心の余裕がなくなっていったんです。このままの働き方でいいのかな?と思い始めたのをきっかけに真剣に転職を考え始めました。

ー その人数で月刊誌を運営するのは並大抵のことではないですね...そこで折れずに続けて来られたところに高野さんの粘り強さを感じます。次の転職先ではどのようなことをされていたんですか?

この会社の次が、MOSHに転職する前にいた前職のリブセンスです。

上場前の50人くらいの規模の時にジョインして、実は半年だけのアルバイトのつもりで入ったんですが、結局10年いました。

編集時代の疲れを癒したかったので労働条件が良いところがいいとか、ライブが渋谷でよくあるので、渋谷までの定期が欲しいとか、そういう些細なことがきっかけだったのですが、とても働きやすい職場で、アルバイト、契約社員を経て正社員になり、上場も経験させてもらいました。

ー 10年!どのような業務を担当されていたんですか?

人手が足りないところを全部やってきた、という感じで本当に幅広い業務を経験させてもらいました。

最初は資料請求のインバウンド電話対応をしていたのですが、プライベートでビジュアル系バンドのファンサイトを自作していたのがきっかけでSEOをやることになり、2~3年運用していました。

当時のSEOのやり方が通用しなくなったタイミングでCS部署のチームマネジメントの仕事に移行し、4~5年担当していました。

他にも、初期の頃は情シスがいなかったためエンジニアがやっていた社員メンバーのPC接続トラブルの対応をしたり、上場をきっかけに社長の秘書的なサポートをするようになったりしました。また、宮崎に支社があるのですが、そこに業務移管したり、原稿制作チームの工数管理をしたりなど...多岐にわたる業務を行っていました。

リブセンスの先輩とKinki Kidsの出演した神宮の花火大会へ。
「部活やサークルのように仲の良い会社でした」
リブセンスの先輩とKinki Kidsの出演した神宮の花火大会へ。 「部活やサークルのように仲の良い会社でした」

最後の2年半は新規事業部に移動して、事業化する前のプロジェクトのPDCAを回すといった業務を並行して4,5個ほど担当していました。広告運用や、ユーザーインタビューなども行っていましたね。

ー 高野さんのマルチタスク力が存分に発揮されていたんですね!10年いたリブセンスから、なぜMOSHへ転職しようと思ったのですか?

10年同じところで働いたのは、シンプルに長いなと思ったんです。社内のことはわかっているけど今の会社だから通用することなのかもしれないと。将来的にこうなりたいとかはないのですが、一社しか知らないのは勿体無いかなと思って転職を意識し始めました。

次もベンチャーがいいなというのは頭にあって、壁打ちがわりにまずエージェントに登録して、どんな会社があるのかを調べたりしていました。ある時、元同僚に相談したところ、澁谷さんの会社募集してたよと言われて。澁谷さんとは同じ部署で働いたことはなく、お互いなんとなく知っているくらいの間柄だったのですが連絡してみました。

ー MOSHへ転職する決め手となったのはどんなことだったのでしょうか?

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ずっと同じ部署から動かないとか、決められた業務を淡々と業務をこなすというよりは、人が足りないところに行って柔軟に周りを助けるような働き方がしたいという思いがあったので、そんな風に立ち回れそうだなと思ったこと、働き方が柔軟でプライベートを犠牲にしなくて良いところが魅力的だと思いました。コロナ禍でもリモートやオフィス出社を都度切り替えたり、変化に順応するチームなのもいいなと思ったポイントです。

元々同じ会社の人が働いているところなら間違いはないだろうと思ったので、決断は早かったです。11月でコンタクトを取り、年末には入社を決めていました。

ー 瞬発力のある高野さんらしいスピード感ですね。実際MOSHで働いてみていかがですか?側から見ているとこれまでのご経験や高野さんの柔軟性や行動力などの素養を発揮していただいてるなと感じるのですが。

ほぼ入社前の想像通りです。ただ、前職は部活のサークルみたいな感じでそれが好きだったので、MOSHも似たような感じだと聞いていたのですが、サークルとか友達のようにプライベートも密に関わるというよりは、どちらかというと個々がMOSHという「共通の目的」を持って集っているなと思います。今はほぼフルリモートなのでそれも関係しているかもしれませんね。

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ー MOSHでは今どんなことをされているのですか?

今はマーケティングチームで広告運用の指標を作ったり、マガジン作成、SEOなどを担当しています。前職の時は入社時アルバイトだったこともあって狭い視野からのスタートでしたが、今は広い視野を持てているので、先読みして動くということをもっとしていけたらいいなと思っています。

ー 高野さんの存在はもうすでにMOSHにはなくてはならないものになっています!今日はありがとうございました。